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「遊びにきたよ。ジークさん」
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暗い森の奥、その先の原っぱに一軒の家が立っていました。
そこに住むのは、歳をとったヘラジカのジーク。
ジークのお仕事は物語を作ること。
そして、今日は大事な原稿の締め切り日。
一晩中、原稿とにらめっこ。
ようやく最後の一行を書き終える頃には、暗い森の上からお日様が顔を出していました。 -
外の丸太に腰を掛け、ぼうっと空を眺めていると
森の手前の草むらが、ガサリガサリと揺れました。
「遊びにきたよ。ジークさん。」
草むらから出てきたのは、森のむこうに住んでいる2匹の仲良しヒツジのきょうだい。
カゴ持ったガズと、草輪を持ったモズ。
「今日はホウレンソウのパイを持ってきよ。」
「ジークさんが大好きなパイだよ。」
ジークは、ガズとモズに仕事の邪魔をしないよう言い聞かせ、小さなお客さんたちをしぶしぶ家の中に入れました。 -
ジークはできた原稿に端から端まで目を通し始めます。
ガスはクレヨンで自由に絵を描き遊びます。
モズは拾った草でせっせといろんな押し花作り。
言いつけを守って遊んでいた羊たち。
でもやっぱり、しばらくするといつのまにか、部屋の中はぐちゃぐちゃ。
モズは押し花にちょうど良い大きさの本をありこちに広げ、ガズはできたての大傑作をジークに見せずにはいられなかったのでした。 -
仕事と部屋の片付けが終わるころ、みんなお腹がぐぅとなります。
待ち遠しかったおやつの時間。
ガスはパイを運びます。
モズはミルクを運びます。
ジークはコーヒーを注ぎます。
その時、カーペットの端につまずいたモズが、お盆と一緒にすってんころりん。
飛んで行ったミルクのカップは、できたてほやほやの原稿に、真っ逆さま。 -
これを見たジークは大慌てです。 ミルクをこぼしたモズも、パイを待ったままのガズも大慌て。
楽しいおやつの時間はどこへやら、こうなっては、おいしいパイはお預けです。
ジークはガスとモズを家の外へとつまみだし、ぬれてしまった原稿を、急いで部屋中に干して回りました。
庭に放り出されてしまったガズとモズ。
申し訳なく思いつつ、なにやらこそこそ草集め。 -
思わぬ大事件に、お疲れのジーク。
ソファーに倒れ、そのまま気を失ってしまいました。
草の束を抱え、そろそろと家の中に入ってきたガスとモズ 。
抱えているのは、2匹がジークのために作った草のお星様。
せっせとツノに飾りつけ、できた夜空に大満足。
2匹はジークの近くで丸くなり、そのまま一緒に夢の中。 -
トントントン、玄関から音がします。
尋ねてきたのは、イノシシ のボンズー。
今日はジークの書いた原稿を受け取るために、森の向こうからやってきました。
「おや、来ていたのかい、おちびさんたち。ごきげんよう、ジークはどこにいるのかな?」
「ジークさんは夢の中だよ。」
部屋中に干された原稿を見てボンズーはなるほど、と頷きます。
ガスとモズは、おやつの時間に食べ損なったパイでボンズーをもてなすことにしました。
絶品のパイに、ボンズーは大感激。
次から次へとパイを平らげ、ガズとモズが気づいた時には、大きなパイは1かけらも残っていませんでした。 -
ボンズーがパイを全て食べ終わった頃、ジークは重たい目を擦りながら起きてきました。
ボンズーに待たせてしまったことを謝り、早速仕事の話が始まります。
話の間、ゆらゆらと揺れるジークのツノの飾りが気にってしかながないボンズー。
しかし、げっそりとした顔のジークにそのことを聞くことはできませんでした。 -
仕事の話が終わり、原稿を受け取ったボンズーは帰り支度を始めます。
羊たちも家に帰る時間です。
ガズとモズは今日の出来事について謝り、ボンズーの肩によじ登りました。
小さくなっていくボンズーの大きな影を眺めていると、ガズとモズがくるり振り返ります。
「また来るね。ジークさん」
森の暗がりに消えるまで手を振っているガズとモズに、ジークも小さく手をあげました。 -
やっと1人になったジーク。
ベッドに倒れ込み、深い深い眠りにつきました。
その夜、ジークは不思議で不可解な夢を見ました。
ぐにゃぐにゃの部屋の中を跳ね回る2つの毛玉。
コロコロ ピョンピョン ドッタン バッタン
毛玉がコロンと転がると、そこから毛糸がするする伸びて、あっという間に部屋中が、糸でぐちゃぐちゃ、もう大変。 -
「うなされながら、夢の中で駆け回るジーク。
そんなジークとは関係なく、夜はいつもと変わらぬ静けさで、深々とふけていきました。
後にジークはこの夢から1つの物語をかきました。
その物語はたくさんの生き物に読まれ、長く長く愛せれる作品になったのでした。
おしまい